不動産の現場に長くいると、
ある感覚が、体に染みついてくる。
怒っている人ほど、本気だ。
文句を言う。
強い言葉で詰めてくる。
時には感情的に怒鳴ってくる。
だが、そういう相手ほど——
実は、
まだこちらを必要としてくれている相手であることを、
現場の人間は知っている。
だから私は、
厳しい言葉を投げてくる相手や、
怒りながら連絡してくるお客様が、
嫌いではなかった。
むしろ——
好きだった。
なぜなら、
そこには必ず「失敗したくない」「真剣に考えている」
という切実な感情があるからだ。
この感覚を、
政治の世界で徹底して体現していた人物がいる。
田中角栄である。
怒鳴り込んできた陳情団を、上座に座らせた男
田中角栄のもとには、
地元や業界団体から、
怒りを抑えきれない陳情団が、しばしば押しかけたという。
普通の政治家なら、
距離を取り、
秘書に任せ、
事務的に対応する。
だが田中角栄は違った。
怒っている相手を、
上座に座らせる。
そして自分は、
あえて下座に回る。
静かに、こう言ったという。
「そんなに怒るってことは、
それだけ困りきってるんだな」
言い訳はしない。
遮らない。
ただ、黙って聞く。
相手の怒りが出切るまで、
じっと待つ。
そして、怒りが少し静まった頃に、
初めて口を開く。
できること。
できないこと。
現実的な代替案。
それを、短く、率直に伝える。
すると、
怒鳴り込んできたはずの相手が、
こう言って帰っていく。
「田中は、話を聞いてくれた」
反抗する議員を、切らなかった理由
田中派には、
正面から反論する議員がいた。
会合で異論を唱え、
時には感情をぶつける。
普通なら「扱いづらい人間」だろう。
しかし田中角栄は、
そういう人間を切らなかった。
彼は、こう考えていたと言われる。
「黙っている奴は、どこかで裏切る。
怒る奴は、まだ本気だ」
怒るということは、
期待しているということ。
だからこそ、
抱え込む。
やがて、
かつて反抗していた若手が、
実務を担う側近になっていった。
怒鳴られた官僚が、逃げなかった理由
田中角栄は官僚にも厳しかった。
机を叩き、
「バカ野郎!」と怒鳴ることもあった。
だが、それで終わらない。
会議が終わると、
別室に呼び、
茶を出し、
こう言う。
「さっきは言い過ぎたな。
だが、お前の案は使う」
官僚は分かっていた。
怒られても、
切られない。
だから逃げない。
だから本音を持ってくる。
文句を言う有権者ほど、忘れなかった
地元・新潟では、
文句を言う有権者ほど、
田中角栄はよく覚えていたという。
名前。
家族。
困っていること。
理由は単純だ。
怒るほど、関心がある。
何も言わなくなったとき、
関係は終わる。
角栄は、それを知っていた。
不動産の現場でも、同じだった
不動産の仕事でも、
まったく同じだ。
怒りながら電話をしてくる客。
厳しい言葉を投げてくる客。
そういう相手ほど、
こちらを「当事者」として見ている。
逆に、
何も言わなくなった瞬間、
関係は静かに終わる。
結論:怒っている相手は、希望だ
田中角栄にとって、
怒っている相手は、
厄介な存在ではなかった。
希望だった。
論破しない。
議論しない。
正しさを押し付けない。
ただ、
「この人は本気だ」と受け止める。
怒りの裏にある不安と覚悟を、
引き受ける。
それは政治家というより、
人を扱う現場の親方の姿だ。
不動産の現場で、
厳しい客ほど大事にしてきた——
その感覚は、
田中角栄という人物と、
同じ場所につながっている。



