田中角栄は、なぜ「怒っている相手」を大事にしたのか

不動産の現場に長くいると、
ある感覚が、体に染みついてくる。

怒っている人ほど、本気だ。

文句を言う。
強い言葉で詰めてくる。
時には感情的に怒鳴ってくる。

だが、そういう相手ほど——
実は、
まだこちらを必要としてくれている相手であることを、
現場の人間は知っている。

だから私は、
厳しい言葉を投げてくる相手や、
怒りながら連絡してくるお客様が、
嫌いではなかった。

むしろ——
好きだった。

なぜなら、
そこには必ず「失敗したくない」「真剣に考えている」
という切実な感情があるからだ。

この感覚を、
政治の世界で徹底して体現していた人物がいる。

田中角栄である。

怒鳴り込んできた陳情団を、上座に座らせた男

田中角栄のもとには、
地元や業界団体から、
怒りを抑えきれない陳情団が、しばしば押しかけたという。

普通の政治家なら、
距離を取り、
秘書に任せ、
事務的に対応する。

だが田中角栄は違った。

怒っている相手を、
上座に座らせる。

そして自分は、
あえて下座に回る。

静かに、こう言ったという。

「そんなに怒るってことは、
それだけ困りきってるんだな」

言い訳はしない。
遮らない。
ただ、黙って聞く。

相手の怒りが出切るまで、
じっと待つ。

そして、怒りが少し静まった頃に、
初めて口を開く。

できること。
できないこと。
現実的な代替案。

それを、短く、率直に伝える。

すると、
怒鳴り込んできたはずの相手が、
こう言って帰っていく。

「田中は、話を聞いてくれた」

反抗する議員を、切らなかった理由

田中派には、
正面から反論する議員がいた。

会合で異論を唱え、
時には感情をぶつける。

普通なら「扱いづらい人間」だろう。

しかし田中角栄は、
そういう人間を切らなかった。

彼は、こう考えていたと言われる。

「黙っている奴は、どこかで裏切る。
怒る奴は、まだ本気だ」

怒るということは、
期待しているということ。

だからこそ、
抱え込む。

やがて、
かつて反抗していた若手が、
実務を担う側近になっていった。

怒鳴られた官僚が、逃げなかった理由

田中角栄は官僚にも厳しかった。

机を叩き、
「バカ野郎!」と怒鳴ることもあった。

だが、それで終わらない。

会議が終わると、
別室に呼び、
茶を出し、
こう言う。

「さっきは言い過ぎたな。
だが、お前の案は使う」

官僚は分かっていた。

怒られても、
切られない。

だから逃げない。
だから本音を持ってくる。

文句を言う有権者ほど、忘れなかった

地元・新潟では、
文句を言う有権者ほど、
田中角栄はよく覚えていたという。

名前。
家族。
困っていること。

理由は単純だ。

怒るほど、関心がある。

何も言わなくなったとき、
関係は終わる。

角栄は、それを知っていた。

不動産の現場でも、同じだった

不動産の仕事でも、
まったく同じだ。

怒りながら電話をしてくる客。
厳しい言葉を投げてくる客。

そういう相手ほど、
こちらを「当事者」として見ている。

逆に、
何も言わなくなった瞬間、
関係は静かに終わる。

結論:怒っている相手は、希望だ

田中角栄にとって、
怒っている相手は、
厄介な存在ではなかった。

希望だった。

論破しない。
議論しない。
正しさを押し付けない。

ただ、
「この人は本気だ」と受け止める。

怒りの裏にある不安と覚悟を、
引き受ける。

それは政治家というより、
人を扱う現場の親方の姿だ。

不動産の現場で、
厳しい客ほど大事にしてきた——

その感覚は、
田中角栄という人物と、
同じ場所につながっている。

フラット35金利が過去最高更新

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41年前の中津川林道で学んだこと──不動産の現場で今も役に立っている話

私は今、不動産の仕事をしている。
買取査定、現地調査、条件交渉、価格調整、引き渡し段取り──やることはシンプルだが簡単ではない。
思い通りに進む案件ばかりではなく、調整と根気が必要な仕事だ。

ときどき、まったく違う場所で身についた感覚が仕事に役立っていると感じることがある。
41年前、オフロードバイクに乗っていた頃の話だ。

当時、私は XL250Rで中津川林道を走った。

若い頃の経験

中津川林道は今では通行止めだが、当時は舗装がほとんどなく、落石・崩落・深い轍が普通にあった。
無理をすれば転倒するし、慎重すぎても前に進まない。
判断の積み重ねの連続だった。

頂上付近の崩落で道が塞がっていたとき、引き返すかどうか迷った。
慎重にラインを選んで乗り越えたが、勢いだけでは通れなかった。
装備、路面、リスク、そして判断。
いくつもの条件が揃って、やっと越えられた。

別の区間ではスピードを出しすぎて転倒した。
だが オフロード用のブーツを履いていたおかげで大きな怪我にはならなかった。
装備の重要性を理解したのはこのときだ。

今の仕事に重なる部分

不動産の仕事も、林道と同じ部分が多い。

  • 計算なしの突撃は事故になる
  • 慎重すぎると前に進まない
  • どの方針を選ぶかで結果が変わる
  • 備えればリスクは小さくできる
  • 最後まで諦めなかった人だけが目的地に到達する

特に買取再販では、調査不足・見込み違い・工事費の読み誤り・相手事情の把握不足が致命傷になる。
“慎重さ”と“決断”の両立が必要だ。

41年前の林道走行は、遊びでも武勇伝でもない。
**「進むべきタイミングと、止まるべきタイミングを見極める」**という感覚が鍛えられた経験だったと思っている。

昭和の営業としての感覚

昔の営業は、便利な仕組みやデジタルツールに頼れなかった。

足で稼ぐ、現場で判断する、電話し続ける、人と向き合う。
断られても継続する。
泥臭くても、前に進み続ける。

令和になって営業の形が変わっても、「最後に結果を決めるのは人間の胆力」という場面はなくならない。

  • 机上の数字では決まらない案件
  • 調整の落とし所を探す局面
  • 関係者全員が納得できる形を見つける局面

そういう場面で、41年前に林道で味わった感覚を思い出す。

立ち止まる理由はいくらでもある。
進むかどうかを決めるのは自分。

派手でも華やかでもないが、仕事を続ける上で大事な考え方だ。

41年前、オフロードバイクに乗って中津川林道を走っていた
その経験があったから今の仕事ができている、などと大げさなことを言うつもりはない。

ただ、

  • 無理はしない
  • 必要な挑戦からは逃げない
  • 備える
  • 判断する
  • 転んだら立て直す

この5つの考え方は間違いなくあの頃に身についたものだ。

仕事は派手でなくていい。
静かに、着実に、ひとつずつ越えていけばいい。
それが最も確実に結果につながる。

🏢バブル期と令和の“みんなで大家さん”

― 投資対象は違えど、共通する「出口なき資産」の罠 ―

🏨 第一章:「ホテル小口分譲」という夢の遺産

バブル期、不動産投資の新しい形として話題になったのが、リゾートホテルの小口分譲

  • 物件の一室を「1/50」などの共有持分で販売
  • 保養利用+賃料収入を謳う二重の“利回り期待”
  • しかし売却時には共有者全員の同意が必要
  • 結果、処分も担保設定も困難な「塩漬け資産」に

見た目はリゾート。実態は「出口のない箱」だった。

🏘 第二章:令和版“夢の不動産投資”=みんなで大家さん

「10万円から大家に」と謳う匿名組合型の不動産投資。
代表格がみんなで大家さんです。

  • 実際の所有権はなく、登記もされない
  • 分配金の原資も明示されない
  • 換金できず、譲渡も原則不可
  • 分配停止や解約拒否のリスクも存在

まさに「大家のようで大家でない」構造です。

💡 投資するなら、まだ実物不動産の方がマシ

こうした**“中途半端な不動産投資”**にお金を入れるくらいなら、
たとえ利回りや立地に不安があっても、実物不動産である数百万円の中古ワンルームマンションを買ったほうがマシです。

  • ✅ 自分名義で登記できる
  • ✅ 担保にもなる
  • ✅ 売却・運用・賃貸の選択肢がある
  • ✅ 少なくとも“現物資産”として金融機関にも通じる

投資金額は同じでも、**「換金性」「自由度」「信用性」**という点で差は歴然です。

📊 第三章:バブル期「ホテル小口」と令和「匿名型大家」の比較

項目バブル期:ホテル小口分譲令和:みんなで大家さん型
形態不動産の共有持分(登記あり)匿名組合出資(登記なし)
所有権共有(物理的には所有)出資者は所有せず運営会社が保有
利用保養施設として利用可能利用不可(投資のみ)
売却共有者全員の同意が必要譲渡・解約不可(基本的に満期待ち)
分配の透明性賃料収入が根拠(不明確なことも多い)運用益か新規資金か不明確な場合あり
問題点処分不可・維持費負担換金不可・元本保証なし

🔍 なぜ“よく似た構造”が繰り返されるのか?

  • ✅ 「小口」「不動産」「利回り」で安心感を演出
  • ✅ 法制度の隙間を縫う形で金融商品化
  • ✅ 不動産初心者の「安定資産」イメージに刺さる仕組み

しかし本質は、**売却も担保もできない“見えない資産”**です。
償還の仕組みすら不透明なら、それはもはや「投資」とは呼べません。

✅ まとめ:現物か否か、それがすべて

  • 実物不動産には物理的な裏付けがある
  • 登記され、所有権が明確で、出口(売却)も自分で選べる
  • みんなで大家さん型のスキームは「大家ごっこ」に過ぎない

💬 「投資」とは、“お金を出すこと”ではなく、“お金を引き戻せること”である。

不動産が多い相続ほど“もめる”──だから遺言が必須です。

🏠 相続財産に不動産が多いご家庭では、
「評価額はいくらにするか」をめぐって相続人同士が対立することが少なくありません。

実際に、遺言がない場合には――
・不動産を多く取得する相続人は、評価額をできるだけ低く見積もりたい
・現金の相続が多い相続人は、不動産の評価を高く見積もりたい

この価値観の違いが、まさにトラブルの火種となります。

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学歴なんてどうでもよかった。不動産営業は“売れるかどうか”がすべてだった

― メガバンクも不動産会社も「下剋上」が許された時代の話 ―

🏢 はじめに:「MARCH卒が消えた」時代に思うこと

最近のニュースで、メガバンクの採用枠からMARCH卒が激減しているという記事を目にした。
「ソルジャー枠」と呼ばれた営業部門は、今やエリート校出身者のみ。

選ばれる人間があらかじめ決められているようなこの時代。
その一方で、昭和〜平成初期の現場ではどうだったか?


🧱 第一章:売れるか売れないか、それだけだった

筆者が新卒で入った不動産会社では、
**「学歴なんてどうでもいい。売れるかどうかだけだ」**が常識だった。

📢 朝は9時から飛び込み100件
📝 メモ帳と名刺だけを持ち、名も知らぬ街のチャイムを鳴らす。
🏠 「部屋、探してませんか?」と聞きながら、玄関で玄関を閉められた数を競っていた。

数字さえ出せば、出身大学も関係ない。
入社半年で月収が課長より上。
契約を取った日の夜は焼肉で祝杯。

今思えば、実力主義というよりも、“実弾主義”だったのかもしれない。


💰 第二章:住宅金融公庫と“夢のマイホーム”

あの頃、住宅ローンはとにかく「通す」時代だった。

  • 頭金ゼロでもOK
  • ボーナス払いが当たり前
  • 住宅金融公庫が金利3%台で35年貸してくれる

さらに営業マンは、こう煽る。

「奥さん、今なら金利が下がる前です。買うなら今でしょ!

…そう、「今でしょ」は林修以前に、
昭和の住宅営業マンが常用していた名言だった。


🏦 第三章:メガバンクにも「高卒枠」があった

今では信じられないかもしれないが、
メガバンク(当時の都市銀行)には、商業高校卒の採用枠があった。

  • 「伝票処理と貯金推進で数字を出せ」
  • 「営業成績が良ければ、大卒を飛び越えて主任、係長になれる」

高卒が東大卒に勝つ――。
そんな“下剋上”が現実にあった。

そして、それは不動産業界も同じだった。


😔 第四章:チャンスの「分配」から、「選別」へ

今の営業はどうか。

  • 大卒以上しか採らない
  • 営業はリモートヒアリングと顧客管理ツールの操作
  • 契約は価格勝負、SNS評価、内部決裁の三重ハードル

昔のように「飛び込み100件」のような気合いと体力だけでは通用しない。
努力よりも、**“スタート地点の違い”**が結果を決めてしまう。


📝 まとめ:不完全だったけど、開かれていた時代

昭和・平成初期の営業現場はたしかに厳しく、理不尽だった。
でもそこには、**「誰にでもチャンスがある」**という空気があった。

売れれば正義。売れなきゃ去れ。
シンプルで、荒っぽくて、だけど、希望があった。

今の若い営業マンに言いたい。
「努力が報われない時代かもしれない。でも、話を聞きたくなる人間には、まだ勝ち目がある」と。

政権交代がほぼない国、日本 ―― 世界と比べて異常な「政治の停滞」

はじめに

日本では戦後約70年以上の政治の中で、本格的な政権交代はわずか2回――
1993年の非自民連立政権と、2009年の民主党政権――しか起きていません。
それもいずれも短命に終わり、現在に至るまで自民党が圧倒的な長期支配を続けています。

しかし、これは世界の先進民主主義国の中では極めて異例です。
なぜ日本だけが、ここまで“政権交代のない国”になってしまったのでしょうか。

世界では「政権交代」が民主主義の前提

アメリカでは共和党と民主党が数年ごとに政権を交代します。
イギリスでは保守党と労働党が互いに政権を奪い合い、
ドイツでも中道右派(CDU)と中道左派(SPD)が交互に政権を担っています。

これらの国々では、**政権交代は混乱ではなく“民主主義の正常な呼吸”**として機能しています。
つまり、国民が政策の失敗を見て政権を入れ替え、政治の方向性を微調整する――
それが民主政治の基本です。

ところが日本では、政権交代が「危険」「不安定」「野合」と報じられ、
結果として政治の競争原理が麻痺しています。

日本だけが「長期与党制」を維持する理由

1. 官僚主導とメディア構造の固定化

日本の政治システムは、政治家より官僚が政策を主導する仕組みです。
政権が変わっても官僚がそのまま残るため、政策の方向性がほとんど変わらない。
つまり、「政権交代しても実態が変わらない」構造が既に出来上がっています。

また、テレビ・新聞などのオールドメディアは長年、自民党中心の取材体制で成り立っており、
野党が共闘すると「野合」と叩かれ、分裂すると「まとまりがない」と批判される。
これでは、国民に「政権交代は無理」と思わせるのも無理はありません。

2. 有権者の“安定志向”とリスク回避

日本人は「失敗を恐れる」文化が強く、政治においても同じです。
非自民政権が一度失敗すると、「やっぱりダメだった」とレッテルが貼られ、
再挑戦の機会が閉ざされてしまう。
つまり、「一度の失敗が永久の失敗」になる社会です。

欧米では政権交代は試行錯誤の一部ですが、
日本では“失敗を罰する文化”が強すぎて、政治が学習できないのです。

3. 「責任を取らない」政治家と有権者

政権を担う側も、失敗を恐れて決断しない。
野党も、支持率が下がるのを恐れて強い対立軸を打ち出せない。
そして国民も、「誰かが悪い」と批判するだけで仕組みを変えようとしない。

結果、政治家・官僚・メディア・有権者の四者が**“責任を取らない連鎖”**に陥っている。
これが、政権交代が起きない最大の根本原因です。

政権交代は「混乱」ではなく「成熟」

本来、民主主義とは「失敗を許し、修正できる仕組み」です。
権力の入れ替わりがあるからこそ、政治は腐敗を防ぎ、進化を続けます。
しかし日本では、長期政権が常態化した結果、
政治家も官僚も**「失敗しても責任を取らない」**構造に安住してしまった。

政権交代が「非常事態」と扱われている時点で、
日本の民主主義はまだ“未成熟なまま”なのです。

結論:安定とは、変わらないことではない

安定とは、「変化しなくて済むこと」ではなく、
「変化しても立て直せる力があること」です。
その意味で、日本は安定しているどころか、硬直している
政権交代が起きないということは、
政治が国民の声を吸収する機能を失っているということに他なりません。

民主主義とは、「国民が権力を交代させる力」を持つ制度です。
政権交代が起きない国は、
その制度が形骸化しているという警告にほかなりません。

おわりに

政治の信頼を取り戻すためには、
「野党が弱い」「国民が無関心」と嘆く前に、
私たち自身が“政権交代を恐れない文化”を育てることが必要です。
変化を恐れず、失敗を学びに変える――
そこからしか、本当の民主主義は始まらないのです。

🏦「頭金ゼロ、ボーナス払い、住宅金融公庫」

― “買わない理由がなかった”時代の住宅ローン事情 ―

1980年代後半、不動産営業の最前線にいた私は、令和の住宅ローン相談を聞くたび、思わずため息が出る。

「あの頃は、“借りない方が損”って空気だったよな」

当時は、住宅金融公庫(いわゆる“公庫ローン”)があり、固定金利・長期返済・全期間据置。さらに銀行も競うように頭金ゼロ、民間併用でフルローン。営業の現場では、こんなフレーズが飛び交っていた。

「今買って、来年のボーナスから払えば大丈夫」
「どうせ地価は上がりますし、月々の支払いは家賃より安い」

まさに、“買わない理由がない”時代。

🖊「いつ買うか? 今でしょ!」は、実は昭和バブルの常套句だった

林修先生が令和に放ったあの名言――

「いつやるか? 今でしょ!」

この一言がCMで流れたとき、不動産業界の昭和人たちはこう思ったはずだ。

「あれ、俺たち30年前から言ってたやつじゃん」

実際、営業現場では毎日のように使われていた。

「この在庫、今動かないと次の号には載らないですよ」
「今月中に買えば、100万円引きで決裁できます」
「いつ買うのか? …今でしょ」

バブル営業は、**“説得”ではなく“勢い”**だった。

📋「審査」という名の儀式

今では考えられないが、当時の住宅ローン審査はほとんど形式的。

  • 正社員 → 通る
  • ボーナスあり → 評価UP
  • 年齢35歳以下 → 歓迎
  • 銀行担当者のノリがよければ家具代もローンに上乗せ

「審査落ちました」は、ほとんど聞いたことがない。
むしろ、「いくら借りられるか」が先で、「何を買うか」は後だった。

🏠頭金ゼロで、“夢”が買えた時代

  • モデルルームで即日申込
  • 公庫+民間のWローン
  • 頭金ゼロ、ボーナス払いだけで支払い設計
  • 「今買えば、来年には値上がりしてる」が常識

もはや営業マンが説明するより、時代の空気が後押ししていた。

📉今と比較すると…

比較項目バブル期(昭和末期)令和
審査難易度ほぼ通る(形式的)詳細な収支審査あり
頭金ゼロOK今の時代もゼロOK
提案内容「今買えば得」「将来のリスクまで含めて検討を」
借入スタンス借りて当然借りる前に慎重な検討が必須
金利感覚気にしない(上がらない)超低金利でも変動か固定かで悩む
メッセージ「買わなきゃ損」「自己責任でどうぞ」

💬まとめ:「今でしょ」は、実は昔からあった

「今買わなきゃ損ですよ」
「来月になると、もう値上がりしますよ」
「この物件、すぐ他が動きますよ」

これらは、昭和・平成初期の分譲マンション営業で“日常語”だった

つまり――

林先生の「今でしょ!」は、不動産営業においては1980年代からの“定番決め台詞”だったのだ。

🔚最後にひと言

令和では慎重な資金計画が尊ばれるが、
昭和バブルでは「地価が保証」してくれた。

それでも一つだけ言えるのは、

「本気で買いたい人には、“今”こそベストタイミングだと信じさせる」
― それが、営業マンの腕の見せどころだった。

「昭和は“ご案内中に契約”だった。令和は“クリックされず終了”です」― マンション営業、30年の落差を嘆く話

かつて、マンション営業は**「現場勝負」だった。
今や、マンション営業は
「ウェブ集客」「無反応との戦い」**だ。

バブル崩壊後の“分譲現場”に身を置いていた筆者が、
あの頃の「飛び込み→内覧→即日契約」の熱量と、
今の「問い合わせゼロ→PV解析→広告費だけが出ていく」営業の日々を比べてみた。

🧱第一章:「ご案内→タバコ→契約書」だったあの頃

  • 初回の案内は「3LDK+モデルルーム+缶コーヒー」
  • 同行してくれた奥様の「日当たりいいわね」で9割勝ち
  • ご主人が喫煙所で「どうすっかな」とタバコを吸う間に、上司が契約書を出していた

「本日ご契約なら100万引けます。迷う理由、あります?」

まさに“瞬発営業”。
パンフレットより押印用の朱肉がよく使われていた。

🖥第二章:「まず資料請求を…」で終わる令和

  • 購入者はまず「スーモ」や「ホームズ」で絞り込み
  • 間取りと価格は見てるが、誰とも話したくない
  • 資料請求の9割は「冷やかし」または「比較用PDF収集」

Zoomで案内したが、画面の向こうに人影がない。

「接続が不安定なので、また後日」→二度と繋がらない

営業は“相手の迷い”ではなく、“興味の無さ”と戦う。

🧾第三章:比較表で見る「マンション営業の地殻変動」

項目昭和〜平成初期令和時代
初回対応モデルルームへ即案内メール自動返信+PDF送付
商談時間1〜2時間でクロージング数回Zoomでも未決
セールストーク「今日買うと〇万円引き」「将来の資産価値は…」
契約率内覧客のうち3〜5組に1組資料請求100件に1件以下
武器フットワークと人間力Web広告とシステム連携
ライバル物件無関心とSNSの悪評

🧠第四章:「売る」のではなく、「選ばれる」しかない時代へ

今の営業は「買ってください」ではない。
「もし良ければ…」と手を差し出して、選ばれるのを待つ。
まるで就活。まるで婚活。

売る側が主導権を持っていた時代は終わった。

それでも、ひとつだけ変わらないものがある。
それは、「この人から買ってよかった」と思わせる営業の力

🔚まとめ:パンフより「営業マンの顔」が武器だった時代

バブル期には、パンフレットより営業マンの「顔」や「勢い」が契約を動かした。
今では、パンフはPDF、営業マンはLINEのアイコン程度。

だけどやっぱり、
「この人の話を聞いてみたい」と思ってもらえる営業マンが、
最後に勝つのかもしれない。

バブルの接待は土地が動いた。令和のZoomは画面が固まる。

―不動産営業“栄光の昭和”と“自己責任の令和”を比べてみた

「24時間戦えますか?」
かつてテレビからそんなコピーが流れ、営業マンはスーツの下に黄色いリゲインを隠し持ち、夜の銀座に消えていった。

港区西麻布、深夜2時。
地主との交渉は焼肉の網越しに、決裁はスナックのカウンターで。
午前3時、ようやく口頭でOKをもらい、明け方にタクシーで事務所へ。
汗と酒と、ちょっとしたハッタリで、土地が動いた時代だった。

あれから30年以上。今では物件情報はPDF、接客はZoom。
「背景ぼかし」が“営業モード”になり、FAXの代わりにLINEで現地案内。

今回は、バブル期に不動産業界で働いた筆者が、あの“泥臭い営業”と今の“スマート営業”を、笑いと涙を交えて振り返ります。

🥃第一章:バブル期の不動産営業は“夜”に勝負が決まった

1988年。私の業界の先輩は当時、都内某不動産会社の営業課長として、港区の再開発案件を担当していた。
「田島さん(仮名)」は渋谷で焼肉屋を3軒経営する地主だった。

電話での交渉は、まず「今夜、渋谷で一杯どう?」から始まる。
一次会は焼肉、二次会はクラブ、三次会はカラオケ付きスナック。
ようやく3軒目の締めで「おたくに任せてもいいかな…」と田島さんが言ったとき、私は心の中でガッツポーズをしていた。

名刺は分厚く、ポケベルは鳴りっぱなし。
「地上げ」と「根回し」と「宴席」の三位一体で、物件は動いた。

「情報は銀座のママが持っている」なんて冗談が、本気で信じられていた。

💻第二章:令和の営業は“背景ぼかし”で始まる

2025年。今、私が扱っているのは杉並区の築古アパート。
相続した地主の娘さんが大阪に住んでおり、商談はすべてZoom。
初回打ち合わせで「画面共有いいですか?」と聞かれ、
契約書はクラウド上で電子サイン、委任状はPDF+スマホ写真。

土地が動く瞬間に立ち会えない、というより“立ち会う必要がない”。

しかも、相手の表情はマスク付きか、Zoomの背景に溶けている。
意思決定の裏側にある“心の揺れ”を読み取る機会が減った。

正確で、便利で、無機質。温度のない営業が標準になった。

🔄第三章:比較してみた「バブル営業」と「令和営業」

項目バブル営業(1980年代)令和営業(2020年代)
顧客対応同伴出勤、酒の席で信頼構築Zoom、LINEで論理重視
情報収集飲み屋、同業者の噂、ママの一言SUUMO、ATBB、登記情報API
商談の現場銀座・赤坂のクラブ・料亭自宅の書斎・カフェのWi-Fi席
決裁タイミング「じゃあ売るよ」で口頭OK書類チェック→電子署名
クレーム対応土下座、菓子折り、飲み直しメール返信+証拠提出
信頼構築人間関係と根回し論理とデータと即レス力

人間関係で「上げた」バブル、効率性で「逃げる」令和。

🎤第四章:失われた“ドラマ”と得られた“効率”

バブルの頃、営業マンは“役者”だった。
地主の過去も家族構成も酒の席で自然に引き出し、
話の合間に「測量の話」や「セットバック交渉」がねじ込まれる。

一方の令和では、役者ではなく“マネージャー”が求められている。
すべてが記録され、比較され、コスパで評価される。
酒を飲まなくても、距離は詰まらない。けれど、誤解は減る。

どちらがいいか、とは言えない。
ただひとつだけ、昔の営業の方が「印象」は残った。

🏁まとめ:Zoomの画面越しに、銀座の灯りが見えるか?

バブル営業の本質は「人に賭ける」ことだった。
令和営業の本質は「効率に賭ける」ことかもしれない。

でも、土地を動かす瞬間というのは、今も昔も変わらない。
「この人なら任せてもいい」と、相手が思ってくれるかどうか。
それだけは、どんなに時代が進んでも、Zoomには映らない。

かつて、銀座のクラブでママに言われた言葉がある。

「あんた、人に覚えられてなんぼの商売よ」

いまだにその言葉が、画面越しの沈黙の中で、ふと響くときがある。

📸「リゲイン」CM:24時間戦えますか(YouTubeリンク)